本来灯篭は神前や仏前に灯火を献ずる道具であるが、水原では幕末か明治の初め頃から、大きな灯篭を若者が8〜10人で担ぎ、ぶつけあうようになったという。囃し唄が深川の木遣り節に似ているので、江戸から伝わったものと推測されるが、由来はわかっていない。とにかく旧水原町が中心になって、代官所のある町を盛り上げようと始めたらしい。現在では「水原まつり」の目玉、ザ・灯篭来舞として、若者たちが町を練り歩きながら大灯篭をぶつけあう。その姿は実に勇壮だ。 |
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