21回雪譜まつり 魚沼歌舞伎合同公演・観劇のしおり

 第一部 絵本太功記十段目 尼崎閑居の場(魚沼歌舞伎合同公演)

 ●作品解説

   一七九九(寛政十一)年初演の人形浄瑠璃。作者は近松柳・近松湖水軒・近松千葉軒。その翌年十一月にもう歌舞伎として
     上演された。明智光秀の反逆事件を描いた読本『絵本太閤記』をもとに脚色された作品。光秀が謀反を起こすきっかけから
     その最期までの十三日間を、一日目から十三日目までの十三段に分けて構成されたもの。その十日目に当たる十段目が今日の
     公演である有名な尼ヶ崎閑居の場」である。

 ●あらすじ(本舞台にいたるまで)

   主君小田春永(織田信長)の横暴を見かねて、武智光秀(明智光秀)は再三にわたって忠告するが、かえって侮辱され数々の
      圧迫を受けるようになる。追いつめられた光秀は、天下万民のためと信じて、とうとう本能寺で小田春永を討ち滅ぼす。
      そして中国攻めから引き返してきた真柴久吉(羽柴秀吉)を一度は討ち破り、天下を掌握する。しかし、封建道徳を守る母皐月は、
      主君を殺すという光秀の不忠を強く非難し、光秀を許さず、抗議のため家を出て尼ヶ崎の閑居に隠遁する。
   そこへ、光秀の妻操と一子十次郎許嫁初菊が見舞いに訪れ、十次郎が祖母から初陣の許しを得たがっていることを知らせる。
     さらにそこへ一人の旅僧が一夜の宿を求めてやって来る。皐月は気安く泊めてやるが、実はこの僧こそ、光秀の家来四王天但馬に
     急襲され僧に化けて大物浦から逃れてきた真柴久吉であった。やがて、十次郎も家来に鎧櫃を持たせてやってきて、祖母と母に出陣
     の許しを乞い、承知される。
                              
 ●本舞台の流れ
                                 

                              @十次郎が登場。陰ながら母・祖母・初菊に暇乞いをする。
   < 登場人物及び配役>
                               奥から十次郎が愁いに沈みながら出てきます。そして、母にも祖母にも今生の
武智  光秀   大平文一(干溝)   暇乞いをし、もはや思い残すことはない、。先立つ不幸を許して下され、と奥に
                                向かって頭を下げます。また、許嫁の初菊には、まだ祝言の盃を交わしてないの
妻  操     星 和嘉(干溝)   で自分のことは忘れて他家へ縁組してくれとつぶやきます。そう言いながらも、
                                初菊が自分の討死を知ったならどれほど嘆くだろうかと涙にくれています。
子 十次郎  橘  誠(干溝)
                              A十次郎のひとり言を立ち聞いて、初菊が泣きながら登場する。
許嫁  初菊   高橋宏伸(干溝)
                               奥で十次郎の独り言を聞いていた初菊が駆け出てきて、大声で十次郎に泣きす
母    皐月   大平 均(干溝)  がります。驚いた十次郎は初菊の口に手を当て、声をあげさせまいとします。そ
                                れでもなお初菊は、「二世も三世も夫婦だと思っているのに・・・祝言も済ませ
真柴  久吉   江部一郎(五十沢)  ぬうちに討死とはあんまりです。どうか出陣を思い留めて下され。」と泣きすが
                               ります。十次郎は「そなたも武士の娘なら討死は当然の覚悟。もし泣き顔を見せ
加藤  正清   西潟  正(五十沢)  た婆様に悟られたら未来永劫縁を切るぞや。出陣に遅れては不覚のもと。鎧櫃を
                                早く奥に持って来い。」と命じ、すがる初菊を振り切って奥へ入ります。残され
久吉従者     高橋幸男(大沢)   た初菊は、いとしい夫が討死かもしれない初陣に、どうして急いで武具を持って
                                いけるものでしょうかと、愁嘆にくれながらわざとゆっくり奥に持って入ります。
久吉従者     山崎正美(大沢)
                              B皐月・操・初菊が出陣祝いの用意をして登場

                                十次郎の初陣を祝うため皐月・操が登場します。そこへ十次郎が鎧甲に身を固
                                め凛々しく出てきます。皐月は若い二人に祝言と出陣を兼ねて盃を交わさせます。
                                初菊はこれが別れの盃かと悲しみながら、手柄高名をたててせめて今宵は凱旋を
                                と訴えます。十次郎も初菊の心中を思いやり悲嘆にくれます。そこへ出陣を知ら
                                せる攻め太鼓の音、気を取り直し十次郎は後を追う初菊を振り切って、戦場へ走
                                り去ります。

                              C出陣を見送り暗澹たる祖母・母・嫁、そこへ旅僧が現れる。

                                十次郎の出陣を見送った祖母皐月は、初菊に「あったら若武者をむざむざ殺し
                                にやりました。討死必至の出陣とは知りながらも、主殺しの汚名で生き恥をさら
                                すより健気な討死をさせてやるため、心残りのないようにと三三九度の盃で暇乞
                                いをさせた。切ない心を察して下され。」と本心を打ち明け、操・初菊ともに泣
見得とツケ                     き沈んでいます。
 光秀の出は最も歌舞伎らしい   そこへ、最前の旅僧が「風呂の湯が沸きました。」と告げに来ますが、皐月は
雰囲気のある場面だ。蓑を着て   「年寄りと女ばかりゆえ、どうぞお先にお入り下され」と勧め、旅僧は「それで
笠で顔を隠し、ゆっくり登場し    はお先にいただきます」と何か思いありげな様子で引っ込む。皐月・操・初菊も
三味線に乗って笠を上げながら    涙を押し包み奥の仏間に入って行きます。
顔を現しツケとともに見得を切
る。光秀はこの出の見得でまず  D久吉を追って武智光秀が藪垣の奥から登場
観客を惹きつけねばならない。
  見得にはツケが入ることが多    生け垣を押し分けて、武智光秀が鎧姿を蓑笠に包み忍んで出てきます。光秀は
い。ツケとは動作を引き立たせ    真柴久吉が僧に化けてこの庵に忍び込んでいることを突き止めていたのです。光
る効果音で、足音、破壊、闘争    秀は竹藪から適当な一本を切り取り竹槍を作ります。それを持って忍び足で客間
の際などに使われる。            に近づき、中に人の気配を感じ、障子越しに思いっきり槍を突っ込みます。

                              E誤って母を突いてしまった武智光秀、皐月は主殺しの天罰がこのように親に
                               報いたのだとなじる

                                わっと声をあげて出てきたのは何と母皐月でした。実は皐月は光秀が久吉を狙
                                っていることを悟り、わざと身代わりになったのです。驚愕する光秀。声を聞き
                                つけた操と初菊も奥から飛び出してきますが、突き刺したのが夫の光秀と知り暗
                                然たる思いで泣き崩れます。皐月は「嘆くまい嘆くまい。系図正しき武智の家を
                                逆賊非道に名を穢し、その天罰の報いが親に来たのだ。たとえ将軍になったとて、
                                主殺しは非人にも劣る行為、仁義忠孝の道こそ百万石にまさる価値があるとは知
                                らないのか。刀でなく獣を突く竹槍で母を突くとは・・・こうなるのも理の当然
くどき                          じゃ。」と、気丈にも槍の穂先に手をかけえぐり苦しみながら光秀を責めます。
  女形の心情を吐露する場面を
こう呼ぶ。義太夫にのって悲痛  F妻の操も非道を止めてくれるよう迫るが、光秀は全くとりあわない。
に訴えるところが特徴。ここで
の操や「谷三」の我が子の首に    妻の操もたまらず「出陣の際くれぐれもお諫め申した時に思いとどまってくれ
を抱いて悲しむ相模、「先代萩」  たらこんな嘆きはなかったのに。知らなかったとはいえ、大事な母御を自ら手に
でなぶり殺された千松に泣きす    かけ殺すというのは何事でしょうか。せめて母御の御最期に善心に立ち返るとた
がる政岡などがその典型。        った一言聞かせて下さい。」と、手を合わせて光秀を説得します。しかし光秀は
                               「ヤア小賢しい諫言だて、無益の舌の根動かすな。」と声荒らげる。さらに、神
                                社仏閣を破壊する悪事を重ねた小田春永、それを討ったのは、武王が殷の紂王を
                                討ち、北条義時が後鳥羽院を隠岐へ流したのと同じで、無道の主君を退けて民を
                                安心させる英傑の志、女子供の知るところでないと叱りつけ、全く取り合わない。
注進(ちゅうしん)
  戦況を知らせに急いで本陣に  G十次郎が瀕死の帰還、味方の敗戦を知らせる。
戻ってくること。一般的には義
太夫の特徴的一節に乗って勇壮    近くに陣太鼓が響き、数カ所もの手傷を負った十次郎が戻ってきて、断末魔の
にあるいはコミカルに戦場の様    状態で庭に倒れ伏してしまいます。初菊が駆け寄り介抱しますが気がつきません。
子を再現する。十次郎の場合も    光秀が近寄り、気付け薬を飲ませ「ヤア十次郎、戦の様子は如何に、子細を語れ。」
瀕死の重傷であり、戦場には戻    と呼びかけます。ようやく気を取り戻した十次郎は、優勢だったはずの味方が、
れないが、一種の注進といえる    加藤正清に追われ敗走、味方は残らず討死にしたこと、父の身を案じて一人でこ
だろう。                        こまで落ちのびてきたことを物語り、ここにいては危ない、一時も早く本国へ引
                                き揚げるようにと勧めます。

おお落とし                    H皐月は十次郎の孝心をたたえ、そんな孫を討死させる光秀を責めて、孫と共
  主人公が悲劇的な場面でこら    に息絶える。
えきれずハラハラハラと体を震
わせて大泣きすることを言う。    皐月は、深手ながらも父親を気遣う孫の孝心をほめ、光秀に向かい、「可愛の
母と子を一度に失った光秀のこ    初孫を殺すというのは何の因果か。」となじります。もはや目も見えなくなった
の場面がその典型。ほかには「寺  十次郎は父・母・初菊の名を呼び今生の暇乞いをします。そして祖母と孫が一緒
子屋」の松王丸、「玉三」の金    に三途の川を渡ろうと言って息絶えてしまいます。母と子を一度に失い、さすが
藤次などが有名。                の光秀もこらえられずはらはらと悲嘆の涙を流し、号泣します。

                              I近づく人馬の物音に、光秀は庭先の松に登って物見をする。
 
                                またも聞こえる人馬の物音に光秀は「敵か味方か、勝利いかに」と、庭先の松
                                の枝を押し上げて物見をします。見ると、和田岬の左手から数万の千成り瓢箪馬
                                印の兵船が押し寄せてきている、これこそ真柴久吉が攻め来る様子。光秀は「ち
                                ょこざいな、草履つかみの猿面冠者め、ひとひねりにひねり殺してくれん」と、
                                勢い込んで駆け出します。

                              J真柴久吉、加藤正清が登場。詰め寄る光秀を制し、後日山崎にて勝負を決
                                しよ うとこの場は別れる。

                                すると「ヤアヤア光秀しばらく待て。」と呼び止められます。見ると、家の中
                                から陣羽織姿となった真柴久吉が、花道からは槍を持った加藤正清が出てきます。
                                太刀振りかざして詰め寄る光秀に対して「ここで討ち取るのは義はあっても勇を
                                失う道理、時節を移さず山崎において勝負の決着をつけよう。」と、久吉は正々
                                堂々の決戦を申し出ます。
                               光秀は、「さすがは久吉よく言った。我もひとまず都へ引き返し、母への追善
                                に京洛中の税を免じた上で、天王山の戦いに互いの運を駆けよう。首を洗って待
                                っていろ久吉。」と宣告します。久吉も「我らもまた千変万化に戦おう。その時
                                抜かるな。」と加藤正清に声かけます。加藤は「刃向かう敵を追いまくり切り捨
                                てます。ご安堵あれや我が君様。」と勇ましく答えます。
                               三人が「さらば、さらば。」と別れゆく見得で幕切れとなります。   




第二部 伽羅先代萩(めいぼくせんだいはぎ) 御殿の場 床下の場(塩沢町歌舞伎保存会)

●作品解説
     一七八五(天明五)年一月、江戸の結城座初演の人形浄瑠璃。作者は松貫四・高橋武兵衛等。奈河亀輔の歌舞伎脚本・
          桜田治助の『伊達競阿国戯場(だたくらべおくにかぶき)』という歌舞伎脚本などが土台となってできあがった作品である。
          現在歌舞伎で上演される『伽羅先代萩』は「花水橋」「竹の間」「御殿」「床下」[対決」「刃傷」と六場からなるが、
         「花水橋」と「床下」が歌舞伎脚本、「竹の間」「御殿」が浄瑠璃本、「対決」「刃傷」が幕末の実録風と、複雑な組み合
          わせの作品である。
     内容は、江戸時代に起こった有名な仙台伊達五十四万石のお家騒動、いわゆる「伊達騒動」を鎌倉時代の足利藩に置きかえ
          て作られた人気狂言。「伽羅」は藩主の伊達綱宗が実際にインドの名木「伽羅」を下駄にして郭へ通ったという伝説にちな
          んでつけられたもの。

●あらすじ(本舞台にいたるまで)
        
            お家乗っ取りをねらう足利家(伊達家)の執権仁木弾正、大江鬼貫、将軍家の大老山名宗全らの一味は、陰謀によって、
            まず藩主頼兼を放蕩の罪で隠居させてしまう。次に、新しく伊達五十四郡の太守となった幼少の鶴千代を毒殺しようとね
            らっている。鶴千代の乳母政岡は、鶴千代を病気と称して男性の面会を一切受け付けず、食事も出されたものはすべて庭
            に捨て、お茶の道具でご飯を炊いて食べさせている。
        そんなある日、沖の井・松島等と共に八汐が女医者を伴ってやってくる。沖の井が膳番の作った食事の膳を運んで来て食
            べるよう進めるが、政岡は万全を期して鶴千代に手をつけさせない。すると八汐は、自分が連れてきた女典薬(医者)に
            鶴千代の脈を診させ、場所によって不整脈が出るのはどこかに曲者がいる証拠だと言って天井に潜む暗殺者を発見する。
            そしてその男に「政岡に頼まれた」とウソの供述させ、政岡を牢屋に入れて自分が代わりに乳母になると迫る。しかし、
            かねてから八汐を怪しんでいた沖の井の機転と鶴千代の君命によって何とかその場は無事におさまる。

       第一幕 足利家御殿の場   

 登場人物及び配役            ●本舞台の流れ

乳人政岡  太田喜一郎(大沢) @思わぬ危機を脱し呆然としている政岡。それを見つめる若君と千松

八 汐     関  一之(大木六)  「竹の間」での受難は逃れたものの若君毒殺の危険が去ったわけでもなく、
                                政岡は若君の行く末を案じて愁いに沈んでいます。千松も若君もそんな政岡を
栄御前   阿部正昭(大沢)    心配そうに見つめ、「もう何を言っても大事ないか」と尋ねる鶴千代。政岡は
                                よく我慢して膳に手を出さなかった若君を誉め、「思わぬことで食事の準備も
沖の井   高橋勝二(大沢)     出来なかったので、すぐにこしらえます。」と立ち上がろうとします。

松 島    関  正幸          A目の前にある膳を食べてもよいかという鶴千代に、家中に恐ろしい
                               陰謀があることを言って聞かせる
鶴千代丸   山崎萌(大沢)
               (石打小6)  空腹に耐える若君が「沖の井の持参したお膳を食べては悪いか」と尋ねると、
千松       根津雄也(君沢)    政岡はそれを必死に止め、若君の置かれた危険な状況、今お屋敷には悪人がは
               (石打小5)  びこり、近衆・小姓・膳番まで油断がならず、いつ毒殺されてもおかしくない
澄の井   阿部千賀子(石打)   こと、さらに頼るべき忠臣荒獅子男之助も無実の罪で遠ざけられて味方が一人
                                もいないこと、毒殺を防ぐために出される食事は全部庭に捨てさせ、乳母が自
腰元       阿部ヨリ(上野)    分で茶道具でご飯を炊いて食べさせていることなどを説いて聞かせます。
                                そして主君のために何にも言わずに空腹に耐える千松にむかって「賢い、強
腰元       関  陽一(大木六)  いつわものじゃのう」ほめたたえます。

                              B健気にも空腹をこらえる若君と千松。 政岡は、ご飯ができるまでの
                               間,殿様お気に入りの「雀の唄」を歌うよう千松に命じる

                                千松がほめられたのを見て鶴千代は「千松より俺が強い。」と言い張ります。
                                政岡は喜び「そうお強うては早くままをあげねばならぬ」と仕度にかかります。
                                千松に小雀の入ったかごを庭に出させ、いつもの「雀の唄」を歌わせます。し
子役のせりふ                    ぶる千松がやっと歌い出すと若君も政岡もそれに唱和します。庭では親鳥がや
  歌舞伎の子役のせりふは、独特 ってきて籠の小雀に餌ばみをしています。鶴千代がそれをうらやましがり、千
な高い調子であどけなさを表現し  松も今にも泣きそうな様子。政岡は不憫に思いながらもさらに唱和を続けます。
ます。                          鶴千代も千松も待ちきれず「ままはまだかと」催促します。「そなたまでが同
 さらに、鶴千代や千松の次のよ  じように、お行儀が悪い。」と千松を叱り、さらに唄を続けさせると千松はと
うな矛盾したせりふが、それをい  うとう泣き出してしまいます。
っそう際だたせます。
鶴「強い武士はひもじいと言わ  C政岡も思わずもらい泣きするが、鶴千代に言葉をかけられ感激する
  ぬものとそちが言ったゆえ
  おれは言わねど、さっきに    政岡もこらえられず屏風の中にうずくまり声を上げて泣いてしまいますが、
  から空腹になったわやい」    鶴千代が近寄ってきて「もうせわしく催促しないから勘弁して泣いてくれるな」
千「お腹がすいても、ひもじゅう  と謝ります。その言葉に政岡は恐縮し、「今乳母が泣いたのは、早くご飯ので
  な〜い〜。」                きるまじないでござりまする」と、無理に笑ってみせます。

                              Dようやくご飯が炊きあがり、千松に毒味をさせて鶴千代に食べさせる

                                ようやくご飯が炊きあがり、それをおにぎりにして持ってきます。喜んで手
                                を出す鶴千代を制止し、念には念を入れて千松に毒味をさせます。安全を確認
                                した後おいしそうにおにぎりをほおばる二人を見ながら政岡は、常なら千万石
雀の唄                          の殿様をこんな目に遭わすこともないのに勿体ないと目頭を押さえます。
  政岡が千松に唄わせ唱和するこ
の唄は現存する手鞠唄の一種。  E突然、栄御前が管領家の名代として訪れ、全員で出迎える
家庭の事情で幼少から金山に働き
に出された千松という子どもが、  澄の井がやってきて、管領の山名宗全の名代として栄御前の来訪を伝えます。
親が迎えに来るのをひたすら待ち  突然の入りを不審に思いつつも、奥にいる八汐や沖の井・松島たちにも知らせ、
わびているという内容。          若君とともに出迎えます。

  こちの裏のちさの木に        F栄御前は病気の若君の見舞いとして菓子折を差し出す
  雀が三匹留まって
  一羽の雀の言うことにゃ        上座に座った栄御前が「鶴千代が男を嫌う病気ということで、夫に代わって
  夕べ呼んだ花嫁御             見舞いに参上した。殊に食事もすすまないと聞き、管領家よりお菓子が下され
  わしが息子の千松が           た。有り難く召し上がれ。」と上意を伝えます。そして八汐に命じ、菓子折を
  七つ八つから金山へ           鶴千代の前に差し出させます。
  一年待てどもまだ見えぬ
  二年待てどもまだ見えぬ     G菓子を食べようとする鶴千代を政岡が制止すると、栄御前は「お上を
  ほろりほろりとお泣きゃるが   疑うのか」と政岡に迫り、窮地に立たされる
  何が不足でお泣きゃるぞ
                               「結構なお菓子、サア召し上がれ。」と八汐が差し出すと鶴千代が嬉しげに
                                手を出そうとします。それを政岡が必死に止めます。それを見ていた栄御前は
                               「お上より下されたお菓子に疑念をはさむとは・・このままでは済まされぬ」
                                と迫ります。沖の井と松島がその場を一旦とりなしますが、「疑いなくば、そ
                                ちが進めよ。さもなくば自分が食べさせようか」と迫り、政岡は窮地に立たさ
管領とは                        れます。
  足利将軍家の最高職である管領
山名宗全のこと。江戸時代の老中H奥から千松が飛び出してきて、お菓子を食べ苦しみ出す。慌てた八汐
にあたる。現代にあわせると、栄 は懐剣で千松を突き刺す
御前は総理大臣の奥さんのような
もの。                          その時千松が奥から飛び出してきてお菓子を口にし急に苦しみ出します。す
  幕府の主要人物が伊達藩転覆に  ると八汐が慌てたように千松を押さえ込みのど元に懐剣を突き刺します。驚愕
関わっていたことになっている。  し鶴千代を抱きかかえて守る政岡。沖の井と松島は「ヤア、事の実否も確かめ
                                ぬうちなぜ千松を手にかけたのか」と詰め寄ります。八汐は「何をざわざわ騒
                                ぐことではない。お上へ無礼を働いた千松。手にかけたのはお家の思う忠節だ」
                                と平然としています。

                              Iなぶり殺しに苦しむ千松。無念さをこらえながら最後まで若君を守る
                               政岡

                               「政岡、そなたの子、悲しうはないか」とこれ見よがしに八汐が千松の喉を
                                えぐります。我が子の苦しむ声を耳にしながらも政岡は必死にこらえ、「何の
                                マア、お上に慮外せし千松。御成敗はお家のため」と絞り出すように答え、涙
                                も見せずに最後まで若君を守り抜きます。

栄御前が取り替え子と思い込ん  J政岡の様子を伺っていた栄御前は、千松は鶴千代の取り替え子である
だわけ                         と確信 し、政岡も謀反に荷担していると思い違え、連判状を預けて
  原作の一つ『伊達競阿国戯場』 帰っていく
には「竹の間」で脈を診た女医者
の小槇が、典薬だった夫が弾正一  政岡の様子を始終観察していた栄御前は八汐を誉めた後、政岡と二人で話が
味に暗殺されたので、その恨みを  したいと、八汐や沖の井たちを奥にやります。政岡のそばにすり寄った栄御前
晴らすために一味になりきり,「政 は、「いくら気強い親でも目前で我が子がなぶり殺しに遭うのをこらえられる
岡は赤ん坊の時から鶴千代と千松  はずがない。やはり噂どおり赤ん坊の時に千松と鶴千を取り替えたのが知れた。
を入れ替えて育て、お家乗っ取り  長年の願望が成就して満足であろう。」と、政岡に謀反者の連判状を預け、「必
をたくらんでいる」との噂を流し  ず人に悟られるな」と言って悠々と帰っていきます。思わぬ展開に政岡は味方
ていたと書かれている。          のふりをして恭しく見送ります。

                              K後を見送った政岡は、周りに誰もいないことを確認すると、千松の死
                               骸に取りすがって号泣する

                                栄御前の立ち去った後を呆然と眺めていた政岡は、ふと我に返り、あたりを
                                用心深く伺い、誰もいないことを確かめると、千松の死骸に取りすがり「千松
                                よく死んでくれた。でかしゃった、でかしゃった、そなたの死は出羽奥州五十
                                四郡をしっかりと固めさせた。まことに国の礎じゃ」と誉め称えます。そして、
                                憎き弾正の妹の手にかかるのを黙って見過ごさねばならなかった母の苦しみ、
                                普通の親なら毒になるものは食べてはならぬと叱るのに、毒と見たら食べて死
                                んでくれと言う胴欲非道な母親がこの世に自分以外にいるものか、武士の胤に
                                生まれた因果、死ぬのが忠義とは何時の世からの習わしぞと、さすがの政岡も
                                狂ったように千松にすがり泣き崩れます。

   登場人物・配役            L奥から八汐が出てきて斬りかかるが、政岡に返り討ちされる。が、そ
                                の隙に連判状が鼠に奪われる。
荒獅子男之助 中澤 晃(万条)
                                政岡が味方でないことを知った八汐が奥から飛び出て来て政岡に斬りかかり
  鼠     原澤孔一(八竜)  ますが、反対に政岡に返り討ちされます。しかしその隙に大鼠が現れ大事な証
                                拠の連判状をくわえて逃げていってしまいます。「女ながらも謀反の片われ、
仁木弾正   阿部和行(大沢)  お家の敵」と沖の井・松島・腰元たちも長刀を手に八汐に迫ります。「我が子
                                の仇、天命思い知ったるか」と、政岡が八汐のとどめを刺すところで幕となり
                                ます。

荒事
  荒獅子男之助は名前の通り典型          第二幕 床下の場
的な荒事の役。荒事は初代市川団
十郎が考案した勇士や鬼神の勇猛@荒獅子男之助が不審な鼠を捕まえるが、すんでの所で取り逃がす
なしぐさ。歌舞伎十八番「暫」や
「鳴神」などが有名。            謀反一味の讒言によって鶴千代の近くから遠ざけられた荒獅子男之助は、御
 反対語として「和事」「実事」  殿の床下に潜んで若君の警護をしています。そこへ巻物をくわえた不審の大鼠
がある。                        が現れ、男之助に捕まって踏んづけられます。「ウヌもただの鼠じゃあんめえ。
                                出羽奥州に隠れのない力士と言われた荒獅子の鉄扇を食らわぬうちに消えてし
                                まえ、ドブ鼠」と、男之助が額に一撃食らわすと、ねずみはくるくると回って
実悪                            逃げていきます。すると怪しい煙が立ちのぼり、巻物をくわえた仁木弾正が立
  悪役のヒーローをこう呼ぶ。仁  っています。「曲者」という声に弾正が手裏剣を投げ、「合点だ」と男之助がそ
木弾正のほか「忠臣蔵」の定九郎  れを受け止めます。後一歩というところで取り逃がし男之助が残念がります。
や「四谷怪談」民谷伊衛門などが
有名。弾正は、妖術を使って鼠にA仁木弾正の幕外の引っ込み
化け連判状を奪い、男之助の目を
くらまして無言で花道を引っ込    鼠に化けてまんまと連判状を取り戻した仁木弾正が煙の中に立っています。
む。それだけで大きさ・怪しさ・  荒獅子男之助に眉間を割られたことに気づき一瞬きっとなりますが、連判状を
色気を出さねばならぬ、素人には  懐にしまい、不適な笑みを浮かべて、妖しい雰囲気を醸しながら悠々と花道を
難しい役。                     引っ込んでいきます。
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