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佐々木 太子堂の桜満開 12

 

2012.04.25 撮影

市佐々木太子堂調査報告書(その1)  1999(平成11年).5.30調査
                所在地.住所    新発田市佐々木240
                調査建物       佐々木太子堂 拝殿
                立ち会い人     大字佐々木区長 後藤 三次氏 他3名
                調査実施人     建築士会北蒲原支部技術部 姫路 桂
                建築士会北蒲原支部技術部 高田 隆一 他2名

構造・規模   木造 平屋建て     正面 3間   側面 3間     向拝付き 1間

屋  根     入母屋造り      茅葺きの上鉄板葺き(昭和27年)

宗  派     曹洞宗    養福寺  末堂

建築年代    享保20年(1735年)  (棟札より推定)

大  工     村上  尾太久平    (棟札より推定)

 

佐々木 太子堂 桜が見ごろ

縁起・変遷   「佐々木聖徳太子御縁起物語」 田中 正治氏編  昭和32.3.1発行より要約

建仁2年(1202年)太子潟より木像の聖徳太子御本尊が発見され、しばらくは杉の祠にお奉りしてあった。
それを、建暦2年(1212年)に親鸞上人が当地においでになったおり、小祠を建てて納められた。
慶長15年(1610年)に御堂建立。
時の領主5代溝口重元公より社地として現在の地を寄付され遷座した。
その後新発田藩の家老となる窪田太郎介(4代目嘉右エ門守節)により、現在の 太子堂を建立された。
その年代は、今回再発見された棟札が現在の太子堂のものに間違いない物とした場合、享保20年(1735年)となり、現在の遺構と良く合うと思います。
その当時はまず拝殿が建てられ、その後本殿が建てられたとの事です。
(明らかに本殿の方が新しく見えます)
拝殿はその後、明治16年に屋根の総葺き替えを行った。
拝殿と本殿の造営年代の違いに関しては、田中氏の記述に有る通り、拝殿を建てたときは、厨子だけ背後に設け(大善寺太子堂のように)(又は、鶴林寺太子堂 (1112年)の様に真ん中に有ったことも考えられる)本殿を増補したおりに拝殿に直したものと思われる。
本殿が建てられた時は、拝殿と、双堂(八幡造り)の様に軒を接して建てられていたが屋根の谷間に雪が溜って不都合が生じ、昭和36年に本殿を移設し、現在のような形になったとの事です。
---------------------------------------------------------------------------------- ネット上より

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