第一幕 絵本太功記十段目 尼崎閑居の場(佐渡子ども歌舞伎)

 

登場人物および配役                     

 

                    武智光秀  後藤修一(前浜中1)

             妻 操  岩見祐希(片野尾小6)

             十次郎  堀川奈津美(両尾小4)

             初    中濱智恵美(両尾小3)

             母 皐月  後藤尚代(前浜中1)

             真柴久吉  木村健人(塩沢中1)

             加藤正清  堀川大貴(両尾小1)

             四天王   中濱圭吾(両尾保育園)

             四天王   桑原 舞(石打小3)

                太夫     薮田 亨 

               ツケ    吉田浩昭

                衣装手伝   吉田純子

                スタッフ  後藤裕子    岩見五月     堀川寿子   中濱智子    中濱正吾

 

 ●作品解説

      一七九九(寛政十一)年初演の人形浄瑠璃。作者は近松柳・近松湖水軒・近松千葉軒。その翌年の十一月にもう
     歌舞伎として上演された。明智光秀の反逆事件を描いた読本『絵本太閤記』をもとに脚色された作品。
     光秀が謀反を起こすきっかけからその最期までの十三日間を、一日目から十三日目までの十三段に分けて構
     成されたもの。その十日目に当たる十段目が今日の公演である有名な「尼崎閑居の場」である。

 

 ●あらすじ(本舞台にいたるまで

      主君小田春永(織田信長)の横暴を見かねて、武智光秀(明智光秀)は再三にわたって忠告するが、かえって侮辱
     され数々の圧迫を受けるようになる。追いつめられた光秀は、天下万民のためと信じて、とうとう本能寺で小田
     春永を討ち滅ぼす。そして中国攻めから引き返してきた真柴久吉(羽柴秀吉)を一度は討ち破り、天下を掌握す
     る。しかし、封建道徳を守る母皐月は、主君を殺すという光秀の不忠を強く非難し、光秀を許さず、抗議のため
     家を出て尼ヶ崎の閑居に隠遁する。

      そこへ、光秀の妻操と一子十次郎許嫁初菊が見舞いに訪れ、十次郎が祖母から初陣の許しを得たがっているこ
     とを知らせる。さらにそこへ一人の旅僧が一夜の宿を求めてやって来る。皐月は気安く泊めてやるが、実はこの僧
     こそ、光秀の家来四王天但馬に急襲され僧に化けて大物浦から逃れてきた真柴久吉であった。やがて、十次郎も
     家来に鎧櫃を持たせてやってきて、祖母と母に出陣の許しを乞い、承知される。

                             

                             本舞台の流れ

 

   @十次郎が登場。陰ながら母・祖母・初菊に暇乞いをする。

   奥から十次郎が愁いに沈みながら出てきます。そして、母にも祖母にも今生の暇乞いをし、もはや思い残すことはない、。

  先立つ不幸を許して下され、と奥に向かって頭を下げます。また、許嫁の初菊には、まだ祝言の盃を交わしてないので自分

  のことは忘れて他家へ縁組してくれとつぶやきます。そう言いながらも、初菊が自分の討死を知ったならどれほど嘆くだろ

  うかと涙にくれています。

 

   A十次郎のひとり言を立ち聞いて、初菊が泣きながら登場する。

   奥で十次郎の独り言を聞いていた初菊が駆け出てきて、大声で十次郎に泣きすがります。驚いた十次郎は初菊の口に手

  を当て、声をあげさせまいとします。それでもなお初菊は、「二世も三世も夫婦だと思っているのに・・・祝言も済ませぬう

  ちに討死とはあんまりです。どうか出陣を思い留めて下され。」と泣きすがります。十次郎は「そなたも武士の娘なら討死

  は当然の覚悟。もし泣き顔を見せた婆様に悟られたら未来永劫縁を切るぞや。出陣に遅れては不覚のもと。鎧櫃を早く奥

  に持って来い。」と命じ、すがる初菊を振り切って奥へ入ります。残された初菊は、いとしい夫が討死かもしれない初陣に、

  どうして急いで武具を持っていけるものでしょうかと、愁嘆にくれながらわざとゆっくり奥に持って入ります。

 

  B皐月・操・初菊が出陣祝いの用意をして登場

    十次郎の初陣を祝うため皐月・操が登場します。そこへ十次郎が鎧甲に身を固め凛々しく出てきます。皐月は若い二人に

  祝言と出陣を兼ねて盃を交わさせます。初菊はこれが別れの盃かと悲しみながら、手柄高名をたててせめて今宵は凱旋を

  と訴えます。十次郎も初菊の心中を思いやり悲嘆にくれます。そこへ出陣を知らせる攻め太鼓の音、気を取り直し十次郎

  は後を追う初菊を振り切って、戦場へ走り去ります。

 

  C出陣を見送り暗澹たる祖母・母・嫁、そこへ旅僧が現れる

    十次郎の出陣を見送った祖母皐月は、初菊に「あったら若武者をむざむざ殺しにやりました。討死必至の出陣とは知りな

  がらも、主殺しの汚名で生き恥をさらすより健気な討死をさせてやるため、心残りのないようにと三三九度の盃で暇乞い

  をさせた。切ない心を察して下され。」と本心を打ち明け、操・初菊ともに泣き沈んでいます。

   そこへ、最前の旅僧が「風呂の湯が沸きました。」と告げに来ますが、皐月は「年寄りと女ばかりゆえ、どうぞお先にお入

  り下され」と勧め、旅僧は「それではお先にいただきます」と何か思いありげな様子で引っ込む。皐月・操・初菊も涙を押し

  包み奥の仏間に入って行きます。

 

  D久吉を追って武智光秀が藪垣の奥から登場

    生け垣を押し分けて、武智光秀が鎧姿を蓑笠に包み忍んで出てきます。光秀は真柴久吉が僧に化けてこの庵に忍び込ん

  でいることを突き止めていたのです。光秀は竹藪から適当な一本を切り取り竹槍を作ります。それを持って忍び足で客間

  に近づき、中に人の気配を感じ、障子越しに思いっきり槍を突っ込みます。

 

  E誤って母を突いてしまった武智光秀、皐月は主殺しの天罰がこのように親に報いた  のだとなじる

    わっと声をあげて出てきたのは何と母皐月でした。実は皐月は光秀が久吉を狙っていることを悟り、わざと身代わりにな

  ったのです。驚愕する光秀。声を聞きつけた操と初菊も奥から飛び出してきますが、突き刺したのが夫の光秀と知り暗然

  たる思いで泣き崩れます。皐月は「嘆くまい嘆くまい。系図正しき武智の家を逆賊非道に名を穢し、その天罰の報いが親に

  来たのだ。たとえ将軍になったとて、主殺しは非人にも劣る行為、仁義忠孝の道こそ百万石にまさる価値があるとは知ら

  ないのか。刀でなく獣を突く竹槍で母を突くとは・・・こうなるのも理の当然じゃ。」と、気丈にも槍の穂先に手をかけえぐり

  苦しみながら光秀を責めます。

 

  F妻の操も非道を止めてくれるよう迫るが、光秀は全くとりあわない。

    妻の操もたまらず「出陣の際くれぐれもお諫め申した時に思いとどまってくれたらこんな嘆きはなかったのに。知らなか

  ったとはいえ、大事な母御を自ら手にかけ殺すというのは何事でしょうか。せめて母御の御最期に善心に立ち返るとたった

  一言聞かせて下さい。」と、手を合わせて光秀を説得します。しかし光秀は「ヤア小賢しい諫言だて、無益の舌の根動かす

  な。」と声荒らげる。さらに、神社仏閣を破壊する悪事を重ねた小田春永、それを討ったのは、武王が殷の紂王を討ち、北

  条義時が後鳥羽院を隠岐へ流したのと同じで、無道の主君を退けて民を安心させる英傑の志、女子供の知るところでない

  と叱りつけ、全く取り合いません。

 

  G十次郎が瀕死の帰還、味方の敗戦を知らせる。

    近くに陣太鼓が響き、数カ所もの手傷を負った十次郎が戻ってきて、断末魔の状態で庭に倒れ伏してしまいます。初菊が

  駆け寄り介抱しますが気がつきません。光秀が近寄り、気付け薬を飲ませ「ヤア十次郎、戦の様子は如何に、子細を語れ。」

  と呼びかけます。ようやく気を取り戻した十次郎は、優勢だったはずの味方が、加藤正清に追われ敗走、味方は残らず討

  死にしたこと、父の身を案じて一人でここまで落ちのびてきたことを物語り、ここにいては危ない、一時も早く本国へ引き揚

  げるようにと勧めます。

 

  H皐月は十次郎の孝心をたたえ、そんな孫を討死させる光秀を責めて、孫と共に息  絶える。

    皐月は、深手ながらも父親を気遣う孫の孝心をほめ、光秀に向かい、「可愛の初孫を殺すというのは何の因果か。」とな

  じります。もはや目も見えなくなった十次郎は父・母・初菊の名を呼び今生の暇乞いをします。そして祖母と孫が一緒に三

  途の川を渡ろうと言って息絶えてしまいます。母と子を一度に失い、さすがの光秀もこらえられずはらはらと悲嘆の涙を

  流し、号泣します。

 

  I近づく人馬の物音に、光秀は庭先の松に登って物見をする。

    またも聞こえる人馬の物音に光秀は「敵か味方か、勝利いかに」と、庭先の松の枝を押し上げて物見をします。見ると、和

  田岬の左手から数万の千成り瓢箪馬印の兵船が押し寄せてきている、これこそ真柴久吉が攻め来る様子。光秀は「ちょこざ

  いな、草履つかみの猿面冠者め、ひとひねりにひねり殺してくれん」と、勢い込んで駆け出します。

 

  J真柴久吉、加藤正清が登場。詰め寄る光秀を制し、後日山崎にて勝負を決しよう  とこの場は別れる。

   すると「ヤアヤア光秀しばらく待て。」と呼び止められます。見ると、家の中から陣羽織姿となった真柴久吉が、花道か

  らは槍を持った加藤正清が出てきます。太刀振りかざして詰め寄る光秀に対して「ここで討ち取るのは義はあっても勇を失

  う道理、時節を移さず山崎において勝負の決着をつけよう。」と、久吉は正々堂々の決戦を申し出ます。

   光秀は、「さすがは久吉よく言った。我もひとまず都へ引き返し、母への追善に京洛中の税を免じた上で、天王山の戦いに

  互いの運を駆けよう。首を洗って待っていろ久吉。」と宣告します。久吉も「我らもまた千変万化に戦おう。その時抜かる

  な。」と加藤正清に声かけます。加藤は「刃向かう敵を追いまくり切り捨てます。ご安堵あれや我が君様。」と勇ましく答え

  ます。三人が「さらば、さらば。」と別れゆく見得で幕切れとなります。

 

  みどころ                                                                                 佐渡子どもたち(中学1年

  生から保育園児まで7人)に、塩沢子ども歌舞伎の2人が友情出演します。十次郎と初菊の哀しい別れ、天下のためという

  思いとは裏腹に家族からも逆賊と呼ばれ、母と子を同時に失ってしまう光秀の嘆を子どもたちがどんな風に表現してくれ

  るか大いに楽しみです。可愛らしい子どもたちの姿もみものです。

 

(注)

                

見得とツケ

 光秀の出は最も歌舞伎らしい雰囲気のある場面だ。蓑を着て笠で顔を隠し、ゆっくり登場し三味線に乗って笠を上げながら顔を現しツケとともに見得を切る。光秀はこの出の見得でまず観客を惹きつけねばならない。

  見得にはツケが入ることが多い。ツケとは動作を引き立たせる効果音で、足音、破壊、闘争の際などに使われる。

くどき

  女形の心情を吐露する場面をこう呼ぶ。義太夫にのって悲痛に訴えるところが特徴。この場面での操や「谷三」の我が子の首にを抱いて悲しむ相模、「すし屋」で弥助が平維盛と知った時のお里などがその典型

注進(ちゅうしん)

  戦況を知らせに急いで本陣に戻ってくること。一般的には義太夫の特徴的一節に乗って勇壮にあるいはコミカルに戦場の様子を再現する。十次郎の場合も瀕死の重傷であり、戦場には戻れないが、一種の注進といえるだろう。

おお落とし

  主人公が悲劇的な場面でこらえきれずハラハラハラと体を震わせて大泣きすることを言う。母と子を一度に失った光秀のこの場面がその典型。ほかには「寺子屋」の松王丸、「玉三」の金藤次などが有名。

 

 

 

 

 

 

第二幕 義経千本桜三段目 すし屋 (塩沢子ども歌舞伎)                                        < 登場人物及び配役>

 

いがみの権太  山崎 開(石打小6)

 

弥左衛門   青木 崚(石打小6)

 

女房おくら 水野理菜(石打小5)

 

娘お里    今井若奈(塩沢中2)

 

弥助(平維盛) 根津雄也(石打小6

 

若葉内侍  狩野裕美(塩沢中2)

 

六代君   桑原 舞(石打小3)

 

梶原景時  田村優貴(石打小5)    

梶原重臣  林 夏樹(石打小5)

 

梶原重臣  青木亮龍(石打小4)

 

村役    山崎 耕(石打小4)

 

 

 義太夫     三桝清次郎

 三味線     薮田 亨

  衣装       京桝屋

  指導       桝京f

 

登場人物・配役          

              いがみの権太   山崎 開(石打小6)

             弥左衛門    青木 崚(石打小6)

              女房おくら  水野理菜(石打小5)

              娘お里     今井若奈(塩沢中2)

              弥助(平維盛)  根津雄也(石打小6

             若葉内侍   狩野裕美(塩沢中2)

             六代君    桑原 舞(石打小3)

              梶原景時    田村優貴(石打小5)    

              梶原重臣    林 夏樹(石打小5)    青木亮龍(石打小4)

              村役      山崎 耕(石打小4)

                 義太夫     三桝清次郎

                    三味線     薮田 亨

                   衣裳・下座   京桝屋

                   指 導     三桝京f    塩沢歌舞伎保存会

                                                                                                                      

 解説                                                                                

     『義経千本桜』は菅原伝授手習鑑』『仮名手本忠臣蔵』と並ぶ歌舞伎三大名作の一つ。 竹田出雲・三好松洛・並木千
  柳他の合作。一七四七年(延享四年)十一月、大阪竹本座初演の人形浄瑠璃。翌年五月、江戸中村座にて歌舞伎化初演。
    全体としては源義経の都落ちから吉野山隠道までを扱っているが、壇ノ浦で滅亡したはずの平家一門であったが、実は、
  平知盛は摂州大物浦の廻船問屋渡海屋銀平として、平維
盛は大和下市村つるべ鮨の下男弥助として、教経は吉野山の
  荒法師横川覚範として、それ
ぞれ生きて復讐の機会をねらっているという設定、そこに源九郎狐の伝説などを織り込ん
  で作れらた大作である。歌舞伎では「渡海屋・大物浦」「すしや」「吉野山道行」「川連法眼館
(四の切)」 などの部分上演
  が多い。なお、大物浦の平知盛・すし屋のいがみの権太・四の切
の忠信は千本の三大立役と言われ、この異質の三役を
   演じ分けるのはプロでも至難と言われる。
                                                                                                                                                                                                      前説                                                                                 

   吉野の下市で茶店を営んでいる権太の女房小仙。そこに若葉内侍・六代君(維盛の妻子)が家来の主馬小金吾を連れて
 忍び姿でやって来る。小金吾は旅人姿のいがみの権太に巧みに荷物を取り替えられ、言いがかりをつけられてみすみす20
 両をゆすり取られる。さらに敵の藤原朝方の追っ手に見つけられ大立ち回りとなる。奮戦し重傷を負った小金吾は、何と
 か若葉内侍と六代君を逃がしたが、そこで息絶えてしまう。そこへ梶原平三景時の詮議を受け帰宅途中のすし屋の主人弥
 左衛門が通りかかる。路上に横たわる小金吾の死骸を発見し回向してやるが、ふとあたりに誰もいないのを確かめると、
 死骸の首を打ち落としてこっそり持ち帰る。
            

 

      本舞台の流れ

 

 @「つるべ鮨」というすし屋の店先。おくら・お里の待つ所へ弥助が戻って来る

  大和下市村、弥左衛門が営むすし屋の店先。弥左衛門の妻おくらと娘お里が待っ ているところに、弥助(平維盛)がちょうど出前のすしの空き桶を持ち帰ったところで幕が開 く。

  弥助を恋慕するお里は、親の許しで今夜正式に夫婦になれるのが嬉しくてたまらない。母が奥に入ったのを見計らってお里

 は弥助に夫婦ごとの稽古をさせ、仲良くしている。そこに、長男のいがみの権太がやって来る。ならず者で親から勘当されて

 いる権太は、父が外出中なのを確認すると、二人に憎まれ口をたたき、母親を呼び出させる。       

 

 A母をだまして金をせびり取る権太

   権太が来たと知って不機嫌な母。簡単には騙せないと悟った権太は、親不孝の罰で、昨夜大盗人に入られ、代官所に納め

 る年貢三貫目を盗み取られ、言い訳もできず、もはや死ぬしかないと泣きつく。人の良い母はまんまと騙され三貫目の金を

 権太に渡す。

 

 B権太は弥左衛門が帰って来たのに気付き奥に隠れる

   してしてやったりと権太が帰ろうとすると、向こうから弥左衛門が帰ってくるのが見える。慌てて引き返した権太は金を

 入れた空き桶に煙草入れを目印に乗せて、母に何やら耳打ちをして奥に引っ込む。                                       

                                                                

 C鮨の空桶に首を隠した弥左衛門は維盛に自分の素性を明かす                       

   弥助が出てきて弥左衛門を迎える。弥左衛門は弥助に水を持ってくるよう命じ、その間に首を空き桶に隠す。そして他の者たちが奥にいるのを確認すると、弥助を上座に座らせ昔小松の内府(平重盛)に命を助けられた恩に報いるために匿っていること、娘お里との祝言は人目 を欺くためと将来はお宮仕えさせるつもりからだと打ち明ける。   

                                                

 D今夜が祝言、なぜか沈んでいる弥助を必死にくどくお里

    お里が出てきたので、弥左衛 門は話を打ち切り、気を利かせて奥の離れに入る。いよいよ今夜が新枕、お里は喜びを隠せず弥助を口説くが、弥助は沈んだままでいる。機嫌を損ねたお里は先に布団に入ってしまう。弥助は寝入ったお里に向かって、自分は実は妻子ある身、祝言となれば二世の契りとなるので床入りは許して欲しいと言い掛け、畳の上でまどろむ。                                    

                                            

 E若葉内侍と六代君の登場、思いがけない家族の再会                                   

 そこに偶然、若葉内侍と六 代君が一夜の宿を求めてやってくる。思わぬ再会となり、維盛は若葉内侍にいきさつを説明する。若葉の内侍もこれまでの 苦難や小金吾討死の様子を語る。若葉の内侍は奥で寝入るお里に気付き恨み言を言う。維盛は弥左衛門夫婦への恩義と身 分を隠す必要から仮の契りをせねばならなかったと胸の内を明かす。  

                                                                                           

 F事情を知ったお里の嘆き                                                               

  布団の中で話を聞いたお里が泣きながら出て来る。立ち退こうとする維盛夫妻を引き止め、女の浅い知恵から、維盛様とはつゆ知らずに無礼な振る舞い があったことを詫びる。さらに今更ながら何も教えてくれなかった父母維盛が恨めしいと悲嘆にくれる。                 

                                                                 

 G役人の詮議を知り、維盛親子を落ちのびさせるお里。それを追いかける権太       

   そこへ村役がやってきて、梶原 平三景時が詮議に来るのでよく家の片づけをしておけと告げに来る。お里の機転で三人を上市村の隠居所に落ちのびさせ る。すべてを奥で聞いていた権太が、三人を役所へ突き出しって褒美をもらうと言って、お里を突き飛ばし、三貫目の入った すし桶を持って後を追いかけていく。                                                                                    

 H 梶原平三景時の登場、弥左衛門への詮議             

   何事かと出てきた弥左衛門とおくらにお里が事情を説明する。権太の行いに怒った弥左衛門はそうはさせまいと押っ取り刀で後を追いかける。そこに梶原一行が物々しく出てきて弥左衛門を捕まえる。もはやこれまでと意を決した弥左衛門は一行を店先に入れる。そして準備しておいた偽首の入ったすし桶を差し出そうとする。事情を知らないおくらはその桶にはわしの大事なものが入っていると、慌てて留める。梶原は「企んだな、イヤサこしらえたな」と

 言って弥左衛門夫婦に縄を掛けるよう命じる。                                        

                                                        

 I権太が維盛の首を持ち、生け捕った妻子を縛って再登場                              

   奥から「まず待った。内侍・六代・維盛弥助を生け捕った」と、権太が首桶と猿縛りにした若葉内侍・六代を連れて再登場する。弥左衛門夫婦が怒ってに立ち上がるが役人に取り抑えられる。                                     

                    

 J 梶原の首実検                                                                        

  権太は若葉内侍と六代を座らせ、梶原に首を差し出し、実検を求める。梶原の首実検。固唾を呑んで見つめる権太。梶原は「維盛の首に相違ない」と証言し、権太に内侍・若君の顔を上げさせるよう命じる。二人の顔を確認した梶原は権太に頼朝の着た羽織を褒美として渡 し、権太の器量をたたえ弥左衛門の命を権太に預け、喜んで帰ってゆく。若葉内侍・若君も権太の方を振り返りつつ引かれていく。                                                     

                                                                                           

K怒った弥左衛門が権太を刺す

  梶原一行を悲しげに見送る権太、せがれ権太の主君への裏切りが許せない弥左衛門は、隙をついて刀で腹を刺す。苦しむ権太に母も「天命を思い知ったか」とすがり泣く。弥左衛門は、こんな奴を生かしておいては世間に難儀を掛けるだけだと言い、権太に甘いおくらをも責め立てる。                  

                                        

L弥左衛門の驚き          

  弥左衛門がえぐる刀を抑え、権太は「お前の力で維盛様を助けるのは無理だ」と諫める。弥左衛門は「言うなヤイ」と言って、身代わり首を入れたすし桶を持ってきて開ける。ところがなんと中から出てきたのは金包みだった。わけがわからず茫然自失の弥左衛門。 

   

 M権太の述懐1  首も内侍・若君も実は偽物                                        

  手負いに苦しみながら権太は、梶原に渡した首は弥左衛門の持ち帰った身代わりの偽首で、若葉内侍・六代といったのも実は女房小仙とせがれ善太であると打ち明ける。驚く弥左衛門夫婦は、維盛様達の居場所を尋ねる。権太がお里に笛を吹かせると潜んでいた維盛親子が出てくる。維盛も手負いの権太に驚く。母はこれ程の善心があったならなぜはやくから根性を直さなかったのか、父も無惨に手傷を負わすことはことはなかったのにと嘆き悲しむ。   

 

N権太の述懐2  女房・倅を身代わりに立てたいきさつ                              

  母に嘆きに権太は嘆きは無用と、次のように真相を語る。

  「普通なら梶原も偽首持っては帰らないが、いがんだ自分ゆえに油断して一杯食ったのだ。自分は生まれつき勝負事に魂を奪われ、今日も20両を騙し取った。その荷物の中に入っていた絵姿から弥助こそ維盛様だと気付いた。また、間違って首の入った桶を持ち帰り、父の考えがわかった。ここで改心しなければ親父様の許しをもらうチャンスはないと、性根を改める決心をした。しかし偽首はあっても内侍と若君の身代わりがない。どうしようかと迷っていると女房が『古主への忠義・親への孝行に自分とせがれを身代わりにしてくれ』といった。せがれも『俺もお母あと一緒に死ぬ。』といった。女房・倅を縛るのは血を吐くほど辛かった。                                                                 

                         

 O弥左衛門夫婦の嘆き

   権太の述懐に、弥左衛門は「血を吐くほど辛い思いをするなら、なぜ半年前に改心しなかったのだ。こうなるのだったらたった一人の嫁と孫の顔をよく見覚えておいたのに、それが残念だ」と夫婦共に泣き崩れる。

 

 P無常を悟り維盛は出家を決意・権太の臨終                                            

   自分のために犠牲となったすし屋一家の悲劇を目の当たりにし、この世の無常を悟り、維盛は髻を切って出家する。内侍・お里も尼になろうとするが許さず、内侍は高尾の文覚へ六代を預け、お里は兄に代わり親孝行せよと命じる。最後はこの世のはかなさを思いつつ、権太の「なむあみだぶつ」と全員の合掌で幕が下りる。               

 

みどころ                                                                              

  一昨年第20回記念「しおざわ雪譜祭り」で大人歌舞伎が初挑戦したこの「すし屋」。今度は子どもたちが演じます。登場人物の中心が町人で、大人でも難しい演目、子どもたちも苦労を重ねました。親子・夫婦・主従の情愛が少しでも表現でき、お客様の涙を誘うことができれば成功です。全員が一生懸命演じますので、暖かい心で声援をお願いいたします。           

 

(注)                          

やつし

 この場面で平維盛がすし屋の下男弥助として匿われているように、ある高貴な人物が、事情があって素性を隠すため身分を落とした姿でいるこという。「大物浦」での渡海屋銀平が実は平知盛、「熊谷陣屋」の弥陀六が実は平宗清などがその例。

お里の哀れさ

 今夜弥助と新枕をかわす喜びを隠しきれないお里。しかし、妻子の登場で弥助は実は平維盛とわかり、はかなくも恋は破れる。何も知らずに喜んでいたことの恥ずかしさ、父母や維盛への恨めしさ、お里の哀れさが観客の心を打つ。

首実検

  歌舞伎には多くの首実検の場面があるがほとんどが偽首を本物と断定するもの。「寺子屋」松王や「盛綱陣屋」の盛綱はその心理表現が見どころ。「谷三」の義経とこの幕の梶原の首実検は派手ではないが、わずかの間や一言一言に

思いが感じ取れるので、それを考えながら観ると面白い。

もどり

   悪人と見えた者が、手傷を負ったり切腹した時に、真実を語り善心に立ち返る演出。いがみの権太のほか寺子屋の松王や玉藻前三段目の金藤次などがその典型。

身代わり(自己犠牲)

  歌舞伎では自分の子どもや家族を身代わりにたてて主君を救うという形が非常に多い。権太は妻子を犠牲にして維盛親子を救い、父を救うのだが、一番有名なのは一子小太郎を身代わりに差し出す「寺子屋」の松王である。こうした行為を封建時代の悪弊ととらえて切り捨てるのは短慮に過ぎる。「自己を犠牲にして人を生かす」という精神は、現代では主に親や年寄りが子や孫を生かすために犠牲になるという形で生きているのではないだろうか。